奪われる13

ゆうくん
2005年01月04日
3,540
「ようやく決まりましたか。いいですよ、そうしましょう。‥‥で、奥さんにお願いがあるんですが、お互いに念書をとりかわしませんか」
「念書?」
「そう。そうすれば奥さんも安心できるでしょう?私は『九十万円相当のカメラを壊されたが奥さんがモデルとして協力する限り請求はしない』という内容のものを書きます。奥さんは『九十万円相当のカメラを壊したが、その代わりにモデルになって協力する』という念書を書いてください。そうすればお互い安心だ」
美奈子は承諾したが、念書など書いたことがないので書式が判らない。
結局、安西が口述したものを美奈子が筆記し、それに署名することになった。
美奈子は安西の指示で、ノートパソコンの置かれた机の引き出しから白い紙と雄二の万年筆、朱肉を取り出し、安西の言う通りに書き始める。
「‥‥わたし菱川美奈子は‥‥印東杉男氏の‥‥金九十万円相当‥‥のカメラを壊し‥‥」
安西は新しいたばこに火を点けてソファにふんぞり返りながら、ゆっくり言葉を切るように言う。
「その補償金の代わりとして‥‥同氏の‥‥写真モデルとして‥‥同氏の指示のもと‥‥全面的に協力することを‥‥約束‥‥いたします‥‥。‥‥もし‥‥約束を違えた場合は‥‥上記の‥‥カメラの補償として‥‥金九十万円を‥‥現金でお支払いします‥‥、と。書きましたか、奥さん。書いたらその下に日付と住所と署名をしてください。そうそう。できれば拇印も」
美奈子は書き終えると拇印を押した。
今度は安西の番だ。安西は唇の端に火の点いたたばこをくわえながら、スラスラと万年筆を動かし、たちまち書き上げてしまう。捺印を済ませると美奈子に渡した。文面は美奈子の念書の裏返しで、美奈子に九十万円相当のカメラを壊されたが、美奈子が写真モデルとして協力すれば、一切補償を請求しない、というものであった。
二人はお互いの念書を交換した。
「さあこれで準備オーケーですね」
安西は美奈子の念書をポケットに仕舞いながら、にこやかに微笑む。
「さて、早速、始めましょうか」
「えっ!い、今からですか?ここで?」
念書を丁寧に折りたたんでいた美奈子の手が止まった。驚愕で目が丸くなる。
後日、改めてどこかのスタジオにでも呼び出されるのだとばかり予想していたのだった。今、ここでと言われても心の準備ひとつできていない。
そんな美奈子の顔色を読んだのか、例のニヤニヤ笑いで安西が言う。
「私は別にここでなくてもいいんですよ、奥さん。なんなら今度、スタジオにでも来ていただきますか?ただしスタジオになるともっと辛いことになると思いますよ。撮影用ライトを何本も使って奥さんの身体を明るく照らしますからね。それにスタジオを使うとなると、私独りでってわけにいかない。助手も何人か付くことになります。ちなみに私の助手はみんな男ですが、それでもいいですか?」
「そ、それは駄目です‥‥」
冗談ではなかった。何人もの男の前で明るく照らされた裸身を晒せるわけがなかった。
「じゃあ僕の家に来ますか?僕はそれでもいっこうに構わない」
「‥‥‥‥」
素性の知れない男の家に赴くのはもっと不安だ。ことに、この男のようにカメラに詳しい男は、どんな仕掛けをするか判らないから油断がならない。写真は撮らないと言っておきながら、隠しカメラでも設置されたら‥‥。
「ね、奥さん。やっぱりこの家でやるのが奥さんにとって一番いいんですよ」
「でも‥‥」
美奈子の女としての防衛本能がどうしても首を縦に振らせない。見ず知らずの男と二人きりの密室で、裸身を晒すなんて危険極まりない。
安西はフィルターの近くまで灰にしたたばこを灰皿に押し当てながら大げさに吐息をつく。
「どうも私は信用がないらしい。私に襲われるかもしれないと考えてるんでしょう?」
「い、いえ‥‥」
「顔に書いてありますよ、奥さん。――そんな変な目でみないでくださいよ」
安西は苦笑し、言葉を続けた。
「誓いますよ。――絶対奥さんを力尽くで襲ったりしません。約束します。私に興味があるのはいかに美しい写真が撮れるかということだけです」
「‥‥‥‥」
「そんなに不安なら誰か呼びますか?立会人ってやつです。そうすれば安心でしょう。なんならこれから電話で誰か呼びますかね?例の写真誌の編集長はどうです?彼なら社会的地位のある人物だから安心ですよ」
「い、いえ、結構です」
立ち会い人など呼んだら、ますます自分の裸身を見る者が増えてしまう。それは耐えられないことだ。
「じゃあ奥さんの方の知り合いに来てもらいますか?」
「‥‥いえ、それもいいです」
ここへ移転してきてまだ日の浅い美奈子には、身近に友人と呼べる存在がなかった。仮にいたとしても立ち会いを依頼できる性質のものではない。菱川家の者は論外だ。
美奈子は落胆のあまりうつむいてため息を一つついた。
「結論は出たようですね。やっぱりすぐ始めましょう」
美奈子の退路をすべて断ち、残された希望をことごとく粉砕した安西は、満足そうな表情を浮かべ、ソファから立ち上がった。周囲を見回す。
「奥さん、この家は古い建築ですね。なんだか薄暗い」
確かにこの家は最近の建築に比べ、若干薄暗さを感じさせた。古い家のため、壁や天井、柱など、あちこちで木目が剥き出しになっており、天井の照明を反射しにくくしているのだ。
「どこかに白い壁紙の部屋はありませんか。壁が白ければ少しは明るくなるし、やりやすくなるんですがね」
「ありますけど‥‥」
美奈子は答えてからはっとなる。白い壁紙の部屋といえば、この家の中でも、自分たち夫婦の寝室しかないではないか!
美奈子は狼狽した。寝室に他人を入れるわけにはいかない。夫婦の夜の営みの神聖な空間だ。
「じゃあその部屋に案内してくださいよ」
ソファから腰を上げようとしない美奈子を見下ろしながら安西が催促する。
「そ、それが‥‥。――他の部屋じゃ駄目ですか?」
「駄目ですね。実際に写真を撮れるわけじゃないから、後で確認することができない。ファインダーから見えるものが全てになるんで。せめて少しでも条件を良くさせてくださいよ。――さあ、早くその部屋へ行きましょうよ」
「でも‥‥」
義母の敏恵は単なる間取り以上のものを安西らにもたらしていた。安西は白い壁紙の部屋が寝室しかないことは百も承知だった。
安西のキツネに似た切れ長の目が狡そうに光った。
「奥さん、先ほどの念書をお忘れかな?」
口元を嘲笑うようにVの字に歪めて言う。
「“全面的に協力する”という表現があったはずですがね。奥さんには“全面的に協力する”義務があるんですよ。そうしないと九十万円私に払うことになりますよ」
「うっ‥‥」
美奈子は恨めしそうに安西に一瞥を与えると、あきらめたように口元からかすかに息を吐いた。ゆっくりとソファから立ち上がる。
二人は客間を出た。美奈子の先導で廊下を奥へ進み、階段を登る。
美奈子はゆっくりと足を運んだ。まるで絞首台に登る死刑囚のようだ。実際、美奈子の心情はそれに近かった。この階段を登り切った先に寝室がある。そこでこれから今までの人生で経験したことがないほどの恥辱と屈辱を味わうことになるのだ。足が前に進まないのも当然であろう。
しかし、その美奈子のゆっくりとした足取りは、すぐ後ろにいる安西にとって別の楽しみをもたらすものであった。
美奈子は安西より数段先行している。安西の目の前には、ストレッチパンツに包まれた美奈子のヒップがあった。しかも、美奈子が足を持ち上げるたびに布が引っ張られ、その下のショーツのラインを浮き彫りにする。股間のクロッチの縫い目までがくっきりと浮き出ていた。
美奈子が足を動かすたび、豊かなハート型の尻が左右に振れ、クロッチの部分が微妙にうねくる。安西はその部分をニヤケながら凝視する。
――ふふふ、この前は前の方しか見えなかったが、今日はじっくり観察してやる。美奈子さんよ、あんたの“そこ”はどんなふうになってるのかな?
安西は笑いが止まらなかった。自分自身、計画がこうもうまくいくとは思わなかったのだ。まさか擦り傷二つで、公然と美奈子の身体から服を一枚残らず剥ぎ取る特権を獲得できるとは。
美奈子を自分のものにするには、いろいろ選択肢があった。実際、周りに隣家一つ無い一軒家に住んでいるのだから、単純に暴力で犯すこともできたろう。
また、例の盗撮した全裸写真をネタに脅迫して思いを遂げることも可能であった。
が、安西はそれらを選ばなかった。
動物的に性欲の処理ができればよかった若い頃ならいざしらず、四十を越えた男にとって、性交とは単に性器の接触だけではない。それに至る過程が大事になってくるのだ。じわじわと少しずつ責め、そしてうんと“味”を醸し出したところで一気にいただく‥‥。
――美奈子さんよ、あんたを簡単に犯しはしない。まずは一枚一枚大事な服を奪ってやる。うんと恥辱に悶えてくれよ。
安西は美奈子の股間にピタリと視線を貼り付けたまま、いずれそこを覆う最後の一枚が太ももを滑り降りたとき、果たして彼女がどんな表情を見せるのか、期待で胸を高鳴らせながら階段を登っていった。最終目的地の寝室へ向かって。