奪われる12
ゆうくん
2005年01月04日
3,264
美奈子は驚愕した。つぶらな目が、文字通り丸く見開かれた。
「オ、オール‥‥。えっ!ふ、服を脱ぐんですか!」
「ははは、当たり前でしょう。服を一枚残らず脱いで、普段大切に隠している身体の秘密をレンズの前に晒す、だからこそモデル料として大金を払うんですよ。普通の写真のモデルに何十万も払えるもんですか」
「そ、そんな!」
「一回だけでいいですよ。一回だけなら我慢もできるでしょう」
「だ、駄目です!ヌードになるなんて!」
「今回の写真はテーマからいっても、オールヌードが必須条件です。人間は生まれたままの姿が一番美しいんですよ。まさに“究極の美”です。古代ギリシャの彫刻を見ればわかるでしょう」
「い、いやです!絶対に駄目です!」
美奈子は叫びながら両腕で反射的に胸の隆起を覆う。先ほどからせわしく動いていた安西の視線の意味がようやく理解できたのだ。きっと頭の中で自分を裸に剥いていたに違いない。屈辱で身体がカッと熱くなった。
安西は美奈子の拒絶反応を見ても、落ち着き払っていた。たばこを灰皿に押し当て火を消すと、ソファから腰を上げた。大げさに肩をすくめ、首を振る。
「交渉決裂――ですね。やむを得ません。このカメラとレンズは菱川の御本家の奥様に買い取って頂きましょう。警察にも通報しておきますから」
美奈子ははっとなる。敏恵のことを忘れていたのだ。義母に知られることだけは避けなければならない。
「ま、待ってください!お願いします‥‥。本家に行くのはやめてください‥‥」
安西は苦笑しながら再び腰を下ろした。
「奥さん、いい加減にして欲しいですね。ご自分で弁償はできない。御本家にも弁償はさせない。代わりの案を出しても受け容れない」
「でも‥‥どうしてもヌードは‥‥」
羞恥心の強い美奈子は、雄二との夜の営みでも、明かりを消さなければ許さなかった。愛する雄二でさえそうなのだから、見ず知らずの男の前で、生まれたままの姿など晒せるわけがない。
しかも写真の恐ろしいところは、それが勝手に一人歩きしてしまうところにある。この印東と名乗るカメラマンが、万一写真を他人に渡してしまったらどうなるか。そして万一その写真が猥褻な雑誌に売り飛ばされてしまったら。いや、もっと恐ろしいのは、インターネット上にアップロードされてしまうことだ。画像は次々とコピーされて取り返しのつかない事態を招くことになる。ネ
ットをよく利用する美奈子は、そこに溢れる女性達の痛ましい写真の数々についてよく知っていた。
「うーん、どうしますかね‥‥。そんなに写真に撮られたくないんですか‥‥」
安西はさも困ったというように首を傾げる。しばし黙りこくったあと、また何か思いついたという様子で再び提案する。
「じゃあ、こんなのはどうです。奥さんにはやはりヌードになってもらう。しかし写真は撮らない、というのでは」
「写真を撮らない?」
「そう。カメラからフィルムを抜いてしまうんです。空のカメラで撮影する振りをする。こちらもプロですから、ファインダーを覗けばだいたいできあがりの写真が想像できますんで。それで予行演習をさせてもらいます」
「でも‥‥服を脱ぐ‥‥」
「それはやむを得ませんよ。服を脱がなきゃ今回のテーマの写真は撮れないんでね」
「でも‥‥」
「このままじゃ埒があかない。お互いに譲歩しあって話をまとめませんか。奥さんも譲るところは譲り、私も譲るところは譲る。じゃあ、こうしましょう。これから二つのシチュエーションを提案しますから、どちらか好きな方を選んでください。――まず一つめは、実際にカメラにフィルムを入れて写真を撮影する。むろん奥さんには裸になっていただく。その代わり、こちらもポーズや
表情を要求しません。立ったままの姿のみを写真に収めるというものです」
「‥‥‥‥」
「これだと、実際にヌード写真を撮影させるという点で奥さんが譲歩する、でも奥さんのヌードのごく限られた一面しか撮れないという点で私が譲歩する」
「‥‥‥‥」
「二つめは、フィルムを入れないで、空のカメラを使い撮影の真似ごとをする。その代わり、私の方でポーズや表情の要求をしますから、奥さんにはそれに応えてもらう」
「ポ、ポーズと表情?」
「“究極の美”を見つける協力をしていただきます。どんなポーズをどういう構図で撮影すれば女の身体が一番綺麗に見えるのか、表情はどんなのが魅力的なのか、それらを奥さんに実際にやってもらって見つけるんです。実際に写真を撮るわけではないので我慢してください」
「‥‥どんなポーズを‥‥」
「ん?ああ、ひどい格好をさせられるかもしれないと心配なんですね。でも私はエロ写真を撮るわけじゃない。芸術作品を撮るつもりですから」
「‥‥‥‥」
「この場合、写真を実際には撮影しないのだから、その点で私が譲歩する。しかしその代わり奥さんは自分の裸を多面的に晒さなければならない。それについては奥さんの方が譲歩する」
安西は晴れ晴れと微笑む。
「これならどちらを選んでも、お互いに譲歩し合うんだから公平でしょう。――さあ奥さん、好きな方を選択してください」
「‥‥あの‥‥やっぱり‥‥セミヌードくらいで‥‥」
「奥さん」
不意に安西の顔が険しくなった。声も強張っている。
「いい加減にしてくれないか。車で人を跳ね、怪我をさせ、マウンテンバイクを壊し、九十万円もする高級カメラを故障させたんだよ、奥さんは。それを下着姿くらいでお茶を濁そうなんて虫がよすぎると思わないか」
美奈子はビクッと身体を強張らせた。怒鳴ったわけでもないのに安西の口調は凛と響いた。恐怖に似た感情がかすかに頭をもたげる。
「さあ!どっちにしますか?ポーズなしで実際に写真を撮らせるか、それともポーズありで撮影の真似ごとをするか。奥さんの考え次第ですよ」
いやとは言わせない迫力に満ちた声色だった。安西の態度の急変は、美奈子に他の選択肢を交渉することを放棄させてしまう。
美奈子は安西の提案のどちらかを受け容れざるを得ない状況に追い込まれた。
美奈子はうつむいた。心の中で葛藤が渦巻く。
――オールヌードだなんて、絶対にいや!この男の前で裸になるなんてできない!‥‥でも‥‥どっちかを選ぶしかない。あたしが悪かったんだ‥‥雄二の言う通り、働きに出なければこんなことには‥‥。いまさら言っても仕方ないけど‥‥悔やまれる。
――どうしよう。どっちを選べば‥‥。ホントはどっちも選びたくない‥‥選べない‥‥だけど‥‥どうしよう。
――最初の提案は受け容れられない。写真は‥‥無理。撮られた写真が人目に触れでもしたら‥‥あたしは生きていけない。
――だったら、二つめの提案にする?‥‥これも無理。写真は撮らなくても、いろいろとポーズをとらなきゃいけない。この印東とか言う中年男の前で‥‥裸になって‥‥さまざなな格好をさせられるなんて‥‥。
――ああ、どうすればいいの。でも‥‥二つのうちどちらかを選ばなきゃいけないのなら‥‥やっぱり二つめになるのかな。確かに‥‥見ず知らずの男の前で裸になっていろいろなポーズをとるのは‥‥死ぬほど恥ずかしいに違いない。でも写真が残るわけではないから‥‥一時の恥辱ですむ。写真を撮らせてしまうと、その後が危ない。裸の写真を使って脅迫してくることも考えられる
し‥‥。ひどい場合、いやらしい雑誌に売られてしまうかもしれない‥‥。ネットとかも怖い‥‥。
――撮影の真似ごとをしてる間、あたしが耐えれば‥‥我慢すればいいのだ‥‥。そうすれば‥‥九十万円も払わなくて済むし、お義母さんにも知られない‥‥。そう、我慢すれば‥‥。
美奈子は顔を上げた。
「あの、本当に一回だけで‥‥いいんですね」
「もちろんですよ。誓いますよ」
美奈子は意を決したように強張った表情で言った。
「わかりました。二つめの方‥‥撮影の真似をする方で‥‥」
安西はニンマリ笑みを浮かべた。
「オ、オール‥‥。えっ!ふ、服を脱ぐんですか!」
「ははは、当たり前でしょう。服を一枚残らず脱いで、普段大切に隠している身体の秘密をレンズの前に晒す、だからこそモデル料として大金を払うんですよ。普通の写真のモデルに何十万も払えるもんですか」
「そ、そんな!」
「一回だけでいいですよ。一回だけなら我慢もできるでしょう」
「だ、駄目です!ヌードになるなんて!」
「今回の写真はテーマからいっても、オールヌードが必須条件です。人間は生まれたままの姿が一番美しいんですよ。まさに“究極の美”です。古代ギリシャの彫刻を見ればわかるでしょう」
「い、いやです!絶対に駄目です!」
美奈子は叫びながら両腕で反射的に胸の隆起を覆う。先ほどからせわしく動いていた安西の視線の意味がようやく理解できたのだ。きっと頭の中で自分を裸に剥いていたに違いない。屈辱で身体がカッと熱くなった。
安西は美奈子の拒絶反応を見ても、落ち着き払っていた。たばこを灰皿に押し当て火を消すと、ソファから腰を上げた。大げさに肩をすくめ、首を振る。
「交渉決裂――ですね。やむを得ません。このカメラとレンズは菱川の御本家の奥様に買い取って頂きましょう。警察にも通報しておきますから」
美奈子ははっとなる。敏恵のことを忘れていたのだ。義母に知られることだけは避けなければならない。
「ま、待ってください!お願いします‥‥。本家に行くのはやめてください‥‥」
安西は苦笑しながら再び腰を下ろした。
「奥さん、いい加減にして欲しいですね。ご自分で弁償はできない。御本家にも弁償はさせない。代わりの案を出しても受け容れない」
「でも‥‥どうしてもヌードは‥‥」
羞恥心の強い美奈子は、雄二との夜の営みでも、明かりを消さなければ許さなかった。愛する雄二でさえそうなのだから、見ず知らずの男の前で、生まれたままの姿など晒せるわけがない。
しかも写真の恐ろしいところは、それが勝手に一人歩きしてしまうところにある。この印東と名乗るカメラマンが、万一写真を他人に渡してしまったらどうなるか。そして万一その写真が猥褻な雑誌に売り飛ばされてしまったら。いや、もっと恐ろしいのは、インターネット上にアップロードされてしまうことだ。画像は次々とコピーされて取り返しのつかない事態を招くことになる。ネ
ットをよく利用する美奈子は、そこに溢れる女性達の痛ましい写真の数々についてよく知っていた。
「うーん、どうしますかね‥‥。そんなに写真に撮られたくないんですか‥‥」
安西はさも困ったというように首を傾げる。しばし黙りこくったあと、また何か思いついたという様子で再び提案する。
「じゃあ、こんなのはどうです。奥さんにはやはりヌードになってもらう。しかし写真は撮らない、というのでは」
「写真を撮らない?」
「そう。カメラからフィルムを抜いてしまうんです。空のカメラで撮影する振りをする。こちらもプロですから、ファインダーを覗けばだいたいできあがりの写真が想像できますんで。それで予行演習をさせてもらいます」
「でも‥‥服を脱ぐ‥‥」
「それはやむを得ませんよ。服を脱がなきゃ今回のテーマの写真は撮れないんでね」
「でも‥‥」
「このままじゃ埒があかない。お互いに譲歩しあって話をまとめませんか。奥さんも譲るところは譲り、私も譲るところは譲る。じゃあ、こうしましょう。これから二つのシチュエーションを提案しますから、どちらか好きな方を選んでください。――まず一つめは、実際にカメラにフィルムを入れて写真を撮影する。むろん奥さんには裸になっていただく。その代わり、こちらもポーズや
表情を要求しません。立ったままの姿のみを写真に収めるというものです」
「‥‥‥‥」
「これだと、実際にヌード写真を撮影させるという点で奥さんが譲歩する、でも奥さんのヌードのごく限られた一面しか撮れないという点で私が譲歩する」
「‥‥‥‥」
「二つめは、フィルムを入れないで、空のカメラを使い撮影の真似ごとをする。その代わり、私の方でポーズや表情の要求をしますから、奥さんにはそれに応えてもらう」
「ポ、ポーズと表情?」
「“究極の美”を見つける協力をしていただきます。どんなポーズをどういう構図で撮影すれば女の身体が一番綺麗に見えるのか、表情はどんなのが魅力的なのか、それらを奥さんに実際にやってもらって見つけるんです。実際に写真を撮るわけではないので我慢してください」
「‥‥どんなポーズを‥‥」
「ん?ああ、ひどい格好をさせられるかもしれないと心配なんですね。でも私はエロ写真を撮るわけじゃない。芸術作品を撮るつもりですから」
「‥‥‥‥」
「この場合、写真を実際には撮影しないのだから、その点で私が譲歩する。しかしその代わり奥さんは自分の裸を多面的に晒さなければならない。それについては奥さんの方が譲歩する」
安西は晴れ晴れと微笑む。
「これならどちらを選んでも、お互いに譲歩し合うんだから公平でしょう。――さあ奥さん、好きな方を選択してください」
「‥‥あの‥‥やっぱり‥‥セミヌードくらいで‥‥」
「奥さん」
不意に安西の顔が険しくなった。声も強張っている。
「いい加減にしてくれないか。車で人を跳ね、怪我をさせ、マウンテンバイクを壊し、九十万円もする高級カメラを故障させたんだよ、奥さんは。それを下着姿くらいでお茶を濁そうなんて虫がよすぎると思わないか」
美奈子はビクッと身体を強張らせた。怒鳴ったわけでもないのに安西の口調は凛と響いた。恐怖に似た感情がかすかに頭をもたげる。
「さあ!どっちにしますか?ポーズなしで実際に写真を撮らせるか、それともポーズありで撮影の真似ごとをするか。奥さんの考え次第ですよ」
いやとは言わせない迫力に満ちた声色だった。安西の態度の急変は、美奈子に他の選択肢を交渉することを放棄させてしまう。
美奈子は安西の提案のどちらかを受け容れざるを得ない状況に追い込まれた。
美奈子はうつむいた。心の中で葛藤が渦巻く。
――オールヌードだなんて、絶対にいや!この男の前で裸になるなんてできない!‥‥でも‥‥どっちかを選ぶしかない。あたしが悪かったんだ‥‥雄二の言う通り、働きに出なければこんなことには‥‥。いまさら言っても仕方ないけど‥‥悔やまれる。
――どうしよう。どっちを選べば‥‥。ホントはどっちも選びたくない‥‥選べない‥‥だけど‥‥どうしよう。
――最初の提案は受け容れられない。写真は‥‥無理。撮られた写真が人目に触れでもしたら‥‥あたしは生きていけない。
――だったら、二つめの提案にする?‥‥これも無理。写真は撮らなくても、いろいろとポーズをとらなきゃいけない。この印東とか言う中年男の前で‥‥裸になって‥‥さまざなな格好をさせられるなんて‥‥。
――ああ、どうすればいいの。でも‥‥二つのうちどちらかを選ばなきゃいけないのなら‥‥やっぱり二つめになるのかな。確かに‥‥見ず知らずの男の前で裸になっていろいろなポーズをとるのは‥‥死ぬほど恥ずかしいに違いない。でも写真が残るわけではないから‥‥一時の恥辱ですむ。写真を撮らせてしまうと、その後が危ない。裸の写真を使って脅迫してくることも考えられる
し‥‥。ひどい場合、いやらしい雑誌に売られてしまうかもしれない‥‥。ネットとかも怖い‥‥。
――撮影の真似ごとをしてる間、あたしが耐えれば‥‥我慢すればいいのだ‥‥。そうすれば‥‥九十万円も払わなくて済むし、お義母さんにも知られない‥‥。そう、我慢すれば‥‥。
美奈子は顔を上げた。
「あの、本当に一回だけで‥‥いいんですね」
「もちろんですよ。誓いますよ」
美奈子は意を決したように強張った表情で言った。
「わかりました。二つめの方‥‥撮影の真似をする方で‥‥」
安西はニンマリ笑みを浮かべた。